宿痾「ワカヤマ病」の発作が出た。春なので。
杉や檜の花粉にはめっぽう強い自分でも、この病だけはどうにもならない。仕事中も家事の間も、無限に続く山々と、木漏れ日に苔むした道と、崩れ落ちた家屋と、かろうじてかかるだけの朽ちた橋が代わる代わる脳裏に浮かび上がり、飯を食っても風呂に入っても和歌山のことばかり考えてしまういつかの恋にも似た業病である。
折しも妻の親戚一同との温泉旅行で白浜へ行くこととなり、これ幸いと前乗りして和歌山は中辺路から大塔周辺の林道を走り回り、後に(またしても)会ってみたかったフォロワーと奇跡の遭遇を果たしたグラベルサイクリングの記録。
出発

大阪から車を飛ばして中辺路へ。開店直後のAコープで買い出しを済ましていざ出発。僻地におけるAコープといえばこれまで何度も命綱として頼り、稀によく断ち切られる悲喜交交の因縁の店であるが、ここはちゃんと営業していた。えらい。

中辺路から南に下ってすぐ、谷間の集落に赤い屋根の旧校舎が浮かぶ平瀬の集落を通り過ぎる。

この旧平瀬小学校は今では稲文醸造として径山寺味噌の製造に使われているらしいが、それにしても見事な原風景である。
さらに南に少し下るとまた別の集落があり、こちらにも廃校となった小学校が。

誰にも踏まれず野に還る校庭のど真ん中にお邪魔して青空と山並みを眺める。いいなあ、まったく贅沢な時間だ。

和歌山に限らず、紀伊半島の素晴らしさは「そこにかつて多くの人がいた」という点にある。
紀伊半島は決して「未開」の地ではない。林業薪炭全盛の明治から昭和初期にかけて、この半島には今より遥か多くの人間が生活を営んでいた。国産木材需要の減少や石油へのエネルギー転換によって山が富を産まなくなった1960年以降急激に居住者が流出し人口は10分の1以下にまで減少。かつて人の手によって拓かれた山村はその後半世紀以上の時間をかけて再び山へと還っている。
こうした国内最大の文明後退領域たるディストピアとしてのダークな魅力がおれたちをこの半島の山奥まで惹き込んでゆくのだ。
畦道を抜け、崖沿いの細道を下り、赤い吊り橋を渡る。いいぞ。和歌山は、いいぞ。 pic.twitter.com/2cvpsSUGUV
— やくも (@wartori621)
安川大塔川林道
いくつかの山村を抜けてこの日のメインディッシュ、安川大塔川林道へと突入する。

最初の峠に現れたこのトンネルがすごかった。
凹凸の無い内壁と絶妙な傾斜が生み出す音響空間が生む音の反響が素晴らしく、「ヤッホ」と呼びかければゾットするほど明瞭に返事が帰ってくる。当然口笛もとんでもなくよく響く。
昨日通った本宮静川のトンネル、凹凸のない内壁と絶妙な傾斜が生み出す最高の音響空間だった。
今まで数え切れないほどのトンネルで口笛吹いたり歌ったりしてきたけど、ここまで反響の明瞭なところは初めて。気づけば一時間近く吹き続けてた。 pic.twitter.com/KoZ7z3PkTd— やくも (@wartori621)
こんなトンネルが近所にあったら毎日でも吹きに来るのになあ。
トンネルの先からは大崩落を修繕したと思われる大規模な法面と元あった道を乗り越えるような砂利道を越え、しばらくするとお待ちかねの本格的なグラベルが始まる。

大塔川沿いの林道をハイスピードに飛ばしていく。

路面は思ったよりもイージーで油断するとスピードを上げたくなるが、谷沿いの崖は一目に致命的な高さ。ダイナミックな岩景と相まってテンションがあがる。
緩やかな下り基調に気を良くして谷間を抜けていくと、途中素掘りのトンネルをいくつも抜ける。


安川大塔川林道の素掘りトンネルでテンション爆アガりしてるやつ
もっとハードなとこかと思ってたけど全体的に路面状態もよくてかなり走りやすい林道(ただし谷側に落ちたらしぬ)だった。 pic.twitter.com/BQYK0ckqyd— やくも (@wartori621) March 26, 2026
先程の均された内壁とは打って変わって荒々しい凹凸に息を飲む。かっこいいなあ。

隧道の脇には巨岩を割った切通しの細道。おそらく手掘りで拓いたであろう豪快な切れ込みに一体どれほどの労力だったのかは知らいないが、それに見合うだけの需要がこの道にあったのだろう。

林道を抜け舗装路が出てきたあたりで2分咲きほどの桜がきれいなスポットが。いい感じに腹も減っていたので昼食のための大休憩。

朝にAコープで仕込んだ6本100円(※概念。実際は税込み138円。)のチョコチップパンをむしゃむしゃと貪る。大学時代から変わらぬ補給食の定番だ。
同じくAコープで安売りされていたおつとめ品のバナナを背中のポケットから取り出して合わせて食う。これだよこれ。あの頃は金がなかったから買ってた。今は別にもう少しちゃんとしたものも買えるけど、これでしか満たせない空腹ってやつがサイクリングにはあるんだよ。
そのまま大塔川を下れば川湯温泉を大回りしてスタート地点に戻れるが、まだ時間もあったので間に聳える椿尾峠、四辻峠、三日森峠の連続する標高800mほどの尾根筋を越えるルートで近露をめざす。

林道沿いには伐採直後の椪(はい)積みがあちこちにあり、濃い木の香りを放っている。おそらく昨日今日切り倒されたものだろう。

3つの峠を越えるとあってアップダウンを覚悟していたが、それほどの凸凹もなく最高地点の三日森峠までやってこれた。オール舗装路だったが空は晴天気温も高く、背に注がれる日差しがなんとも言えず心地よい。

ちょっと疲れたらアスファルトに寝そべったり、景色がよかったらぼけーっと眺めたり、セグメントを意識することもガーミンに急かされることもなく、なんら自分を追い込むことのない、心身の回復のためのヒルクライムを堪能する。

青空とお天道様と自転車と 欠けたることもなしと思へば
遭遇103
こうしてたっぷり乱数調整時間を使って林道を抜け出し、あとは車をデポした近露のAコープまで下るだけ。国道をゆけば早いが、それじゃなんとも味気ないので並走する熊野古道沿いの集落をたどる旧道をゆく。
傾いた山の向こうに隠れ、木に覆われた道が暗くなりだしたころ、とあるコーナーを過ぎたとき、いきなりひとりのサイクリストの姿が視界に飛び込んできた。
薄暗がりながら目ざとく自転車に目が行く。ちゃんと装備を積んでる。というか、なんかどこかでみたことある気が…いや、これ絶対に見たことある!!それも頻繁に!!会ったことあるやつか???はじめましてか???誰だ!!???と若干パニクりながら
「うおおおおお!!!え???あれ???なんで???だれ????」
と間抜けな絶叫とともにすれ違う寸前で急停止。
「もしかしてやくもさんですか???」
「です!!!」
「103です!!!」
「うおおおお!!!!」
ということで、103@Tomy_viajarくんに初遭遇。
以前からTwitter上では親交のある写真とカメラにも造形の深い実力派サイクリストで、大学サイクリングクラブでの義理の後輩(義理の後輩ってなんだよという話については、次回更新予定の自転車図鑑で詳しく述べよう)にあたるが、実際に会うのは初めて。彼もおれの自転車をひと目見て気づいてくれたそうだ。
お互い幸せなパニック状態である。
わかるか?どこにルートを公開したわけでもない紀伊半島の山奥で、それもメインの国道ではなく並走する古道上で、同じようなサイクリングを愛する同じようなルーツを持った同志と初遭遇するという、偶然の闇の中で必然の輝きに導かれたこの喜びが。
「いやー偶然ですね!それじゃまたどこかで!!」とすれ違うにはあまりにも大きすぎる喜びを消化しきれぬまま交わす話の中で、彼がほんのすぐ近くにこの日の宿をとっていることが判明する。
そうと決まれば話は早い。初手のあつかましさにかけては右に出るもののないおれの性分と先輩特権を振りかざし、103くんの宿に急遽押しかけそこで一晩お世話になることにした。103くんが手際よく宿に電話してくれて突然のプラスワンを伝えると宿の方もおっけー。この間、遭遇からわずか15分程の出来事である。われながらどうかしてるぜ。
興奮冷めやらぬまま一人もうすぐそこだった車のデポ地まで戻り、突如決まった今日の寝床へとお邪魔する。(ちなみにこの遭遇がなかったら、車に積んでるテントとシュラフでそこらで野宿するつもりだった。)

直前も直前の飛び入りだったにも関わらず、豪華な夕飯まで用意していただいて嬉しすぎるだろう何だこれは夢か。
その後は車で近くの温泉へ行きながらも道中いろんなことを喋り、

全く話足りないので宿に帰って夜食をつまみながらまたいろんなことを喋り、

流石にそろそろ寝なきゃなと、布団に潜って電気を消してからもいろんなことを喋った。
心から笑った楽しい時間だった。

そんな彼との話(のごく一部)や、彼の入魂の愛車についてはまた次回の自転車図鑑に預けよう。
つづく



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