雨のカライドサイクリングから帰り、諸々の家事や片付けを済ませ、ブログを書き、一息ついた夜十時。
トラックパッドに置かれた右手が、ひとりでに地理院地図ビュワーTrailNoteを開いた。
そこから先の記憶はない。翌朝気がつけば南に向かって車を飛ばしていた。
龍神グラベルサイクリング
目指すは和歌山、龍神村。あまりにも突発的な出走だったため、通行状況のリサーチや細かいコース設計はしていない。前から目星をつけていた長めの林道一本に絞って、突貫力重視の装備で出たとこ勝負でいく。
今回の装備
てことで装備紹介から。前日に引き続いてFUJI のグラベルロード JARIの出番。京都の泥を纏ったままに紀伊半島での連投で、のっけからいい仕上がり。
担ぎの可能性に備えてボトルケージ2つはフォークの左右に移し、ツールボトルはBB下に。手持ちのスライドケージの数が足りず、フォーク左右でボトルの高さが違うが気にしない。
フレームバッグにはプチプチを詰めて担ぎ用の肩当て。
オルトリーブのサドルバッグにはメシと雨具を詰めた。
出発
林道の入口に車をデポして出発。山間部に入ってからここまでの国道でさえほとんど車とすれ違うことはなかった。
林道を登り始めてすぐ、明かり一つない隧道が現れた。俄然気が引き締まる。いざ、紀伊半島の最奥へ!
林道IN
隧道の暗転を挟んですぐ、グラベルが始まる。和歌山は決して裏切らない。必ず期待以上の道をくれる。
序盤は丸めの石がまばらに散る程度のゴキゲンな林道。ハイスピードで飛ばしたいが、まずはゆっくり深呼吸。目的は吸うことじゃない、吐くこと。
“I see”
次々と現れる滝や洗い越しを横切って進む。前日までの雨のおかげか水量も十分。
早贄みかん
気持ちよく林道を進んでいると、目の端に「なにか」が映った。またか。この感覚、何度も覚えがある。理性よりも先に本能が鳴らすアラート。
去年の矢ノ川峠では、ドデカい切通しだった。ただただ流れていくはずの背景が突然せき止められるような、そんな「なにか」。
今回の場合、それは路肩の枝にぶっ刺さった熟れたおみかん。
まるで早贄のようにぶっ刺されている。なぜ…?
それが、2つも。見回しても周囲に柑橘系の木は見当たらない。なぜ…?
…いや、ここは和歌山、理由を問うのも野暮だろう。
首無しの鹿、廃村の飼犬、坂の上の山姥、理屈に合わない奇々怪々にはこれまでもたびたび遭遇してきた。いまさら百舌鳥の血を引く奇人の痕跡程度では驚かないが、ぬるい日常でさび付いていた脳のプリミティブな領域にまで血が巡っていくのを感じる。いいぞいいぞ、サイクリングとはこうでなくては。
魔除け代わりに腹の底から一発ドデカく雄叫びをあげて、また林道を進む。
砂利の七色、落とし穴
昨日と打って変わって空は快晴。
暑くなってきたので、ジャケットをHYNOWの外ポケットに押し込む。これ、本当に便利。
路面の状況もさまざま。
大きめの砂利が深く積もった登りではのんびりズリズリ蛇行して、
路肩からの崩落があればゴロ岩の間を押し歩き、
斜度が緩めばここぞとばかりにかっ飛ばす。
とはいえここは魔境和歌山、調子に乗って油断してると、
消えた路面が君を呑む。そこに慈悲はない。
ガードミラーの首も落ち、いよいよ本番って感じだ。
崩落、滑落、谷の底
ちいさな崩落地点を都度担ぎ越えて進むと、ついにどデカいやつが来た。上下の法面ごと幅30mほどゴッソリいかれている。写真じゃわかりにくいな。
幸い斜度はそれほどキツくないので、JARIを右肩に担ぎ、崩落部の谷側に降りて巻いていこうとした矢先、
おちた。
1歩目の置き場に選んだ岩のチョイスがマズく、体重を支え切れずに斜面から剥がれ落ちてしまい、周囲のごろ岩を巻き込みながら3mほど滑落。
とっさに上に手を伸ばすと、つかんだ岩も落ちてくる。頭ほどの岩コロがそこそこの勢いでトップチューブにヒット。ちょっと凹んだ。カーボンフレームなら御臨終だったかもしらん。
幸い身体は何ともないので、そのまま進む。
少し降って道の先を見ると、この後もしばらくでかめ崩落が続いているようなので、思い切って底まで降りて、広い川床をゆく。
自転車担いでえっちらほっちら。
しばらく進むと小さなダムになっていたので、また急斜面を上り返して元の道にもどる。
まだ道と呼ぶには心もとない荒れ具合だけど、乗れなくはない。
橋が無い
しばらく川の西側を南下してきたが、ここらで東側へと渡りたい。
それまでの状況からうすうす予感はあったが、
あるはずの橋が、なかった。
幸い川幅は狭く、空身であれば岩場をジャンプで越えられそうだが、相棒を置いていくわけにもいかない。
靴は防水トレッキングSPDシューズなので多少の水は平気だが、水嵩をみるにギリギリ足首までは浸かりそう。ゴアテックス製のイケてるシューズも履き口を超えられると高価なバケツでしかないからな。
いつかの北海道の手が浮かんだが、晴れてるとはいえ寒いので極力足は濡らしたくない。
じゃあもうこれしかない。
てなわけで、手ごろな石を放り投げて即興で足場を作って渡る。
楽しいなあ…
小さいころは、小川の石を動かして流れを変えたりせき止めたり、それだけで丸一日遊べてた。ごめん、嘘。今でも遊べる。
かつての名残。巨大なコンクリート片を見るに、そこそこ立派な橋だったようだ。
対岸について急斜面の藪をかき分け道に上がる。
ふと、手に違和感
マダニの大群かと思ってソプラノのラ♭くらいで叫んだが、落ち着いてみるとひっつき虫だった。
しばらくチマチマ頑張って取ろうとしたが、あまりにも数が多いので諦めた。
秘瀑との遭遇
橋(なかったけど)を越えると道の状態が良くなり木漏れ日が心地よい針葉樹林を抜けていく。苔むした石垣が現れて、ここがかつての集落だったことがわかる。
完全に崩壊した廃屋のそばで、割れた綺麗なお皿を見つけた。よく見ると他に陶器や金物もあり、かつての”生活”を思わせる。
廃集落を過ぎ、またしばらく走ると広葉樹の原生林に戻る。
路面も薄砂利で走りやすく、気持ちよくペダルを回していると、音が聞こえた。水の音。滝の音。
林道を横切る沢、木々の向こうにそれは見えた。
急ブレーキをかけて素早く自転車を担ぎ、踏み跡もない岩場を踏み越えて近づけばそこには、
今日ここまでもそれなりに見ごたえのある小滝をいくつも横切ってきたが、この滝は別格だった。
場所が場所なら遊歩道と駐車場、おまけに立入禁止の無粋なロープ付きのつまらぬ名所になってておかしくないレベル。それがこんな無造作に、誰にも気づかることもなく悠々と流れている。
水しぶきのかかる特等席で、しばらくぼーっと眺めていた。
今が冬なのが悔やまれる。これが夏なら迷わず突っ込んで冷たい水を頭から浴びるのに。
次来るときは仲間を連れて滝行ライドだな。やるぞ、野郎ども。
砂利道は続く
林道も終盤に差し掛かり、林道の入口以来久しく見かけなかったガードレールも現れた。少なくとも、残骸は。
紀伊半島名物、ヤバい橋シリーズ。
鉄骨はまだしっかりしてる。行っていけないことはない。行くとは言ってない。
行ってないとも言ってない。
これは無理。
首はついてる。顔はない。
こうして長い長い砂利道を越え、舗装路に合流した。
<!— DON’T LOOK DOWN —!>
<!— THE WOODS WERE SWAYING IN THE WIND —!>
-LOOK DOWN- 祓走
車のデポ地まで、舗装路になってもやっぱり誰もいない道を、吐くべきものを最後の一滴まで吐き出しながら、走る。ふと足元に目を落とす。
昨日は仲間と、今日は一人で、身体も愛車も泥まみれの素晴らしいサイクリングができた。ああ幸せ。
年初以来、仕事でもプライベートでも机に向かってばかりだった。本を読んで、勉強して、また本を読んで、それはそれでとても楽しかったんだけれど、どうやら再び旅情に火がついてしまったみたい。
砂利道を走ろう。山を越えよう。遠くへ行こう。自転車に乗ろう。
サイクリングはいいぞ。
おしまい
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