吉村昭 『羆嵐』がとても素晴らしかった

レビュー
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前から一度読んでみたかった本が、とてもとても良かったので紹介しておく。


『羆嵐』  吉村 昭


三毛別の羆、といえばご存知の人も多いかもしれないが、大正4年(1915年)におきた国内史上最悪の獣害事件、『三毛別ヒグマ事件』を題材にしたドキュメンタリー小説。

三毛別羆事件 - Wikipedia


有名な事件なので大体のあらましはまとめサイトやWikiで一通り読んでいたし、ストーリーもわかっているので楽しめるかどうか不安だったが、そんな心配は冒頭数ページを読んだだけで吹き飛んだ。

7人を喰い殺したヒグマの脅威もさることながら、東北の故郷が天災でだめになり、作物の育つ定住の地を求めて六線沢へ入植した開拓者たちの描写があまりにもリアルで一気に引き込まれてしまう。

今でこそ「試される大地」と冗談のように言うが、舞台は100年以上前の未開の北海道。まだ木で家を建てることすら珍しく、朝になれば囲炉裏の鍋の雑煮が凍る極寒の地で、人が増えれば家が温まると信じて子を産み土地を拓く彼らの営みは、「人間の生活」というよりはまだ動物としての「ヒトの生態」に近い。

そんな彼らがどうにか六線沢で土を耕し、作物を育て、他里と繋がり、子を育て、人としての暮らしがようやく根付き初めたころ、一匹のヒグマが現れる。

山から現れ、粗末な家の壁を破り、子を屠り、女を喰い、その腹から胎児を引きずり出して、また山に帰っていく「穴持たず」(=冬眠に入りそこねたヒグマ)は、まさに「ヒト」と「人」との境界線が具現化した存在だった。

役に立たない銃と鎌を手に、暗闇に怯えながら子の亡骸と集落を捨てて谷を下る彼らの姿は、ヒグマに対するヒトの群れとしてあまりにも無力で美しい。

 

100年前と言っても第一次大戦はすでに始まり、戦闘機もマシンガンも毒ガスも手にした人類が、まだぎりぎり「ヒト」であれた最後のフロンティア、という視点で読んでみるのもおもしろいかもしれない。

単なるドキュメンタリーかと思ってたけど、最近読んだ小説の中ではダントツで面白かったので、ぜひ読んでみて。

 

<!- あとがき -!>

昔から怪獣が好きだったから、今でも夜寝る前にふと考えるんだよな。

遠く見える大阪の摩天楼が突然焼けて、徐々に近づいてくる黒い影。ひと目でわかる、絶対に抗いようのないなにか。ああこれはもう無理だ、って自分の生まれた街と30年ローンの残った家を捨てて、妻と娘の手を引きながら全力で逃げていく。

生活が、社会が、全部ぶっ壊されていって、ただ生き物として次の一瞬生きるために全力でフル稼働させてくれる、そんな生きてるでっかいなにか。痺れるだろうなあ。怖いだろうなあ。だけど、そこでしか味わえない幸せも絶対あると思うんだよなあ。

…でもこれ、言っちゃだめなやつだろうなあ。

 

よし、新年度!!  お仕事ちゃんとやる!!


おしまい

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