保色山外周未遂サイクリング 池ノ宿洞門

サイクリング

前回からの続き



矢ノ川峠から海を見下ろし達成感に浸っているが、本来計画していたルートはこのさきまだあと50kmもある。

とはいえ、今いるここが最高地点だし、残りの道は5割未舗装路だったら御の字と読んでいたためペースを上げれば余裕だろう、と高をくくっていた。

希望的観測を持って臨む軍隊で敗北しなかったためしはないよ

 

矢ノ川峠から大又川へ下る

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峠から北側に下る道を覗く。んん、まあまあ、スタンダード()

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引き続き廃車たちが彩りを添える。

相変わらずゴロ岩の転がる路面に集中しながら、大又川へ向けて降りていく。下りはスピードが上がる分一瞬たりとも気が抜けない。

谷を右手に走っていると、突然左目に光が差した。

なんとも形容し難い本能的な感覚ではあるが、大別すれば恐怖に分類される「何かがおかしい」という違和感。一瞬あとから理性が追いつく。そんなばかな、そっちは山の斜面のはず、なんの光だ。

さらに遅れて目線を送るまでのコンマ数秒、うなじが逆立ち臨戦態勢に入る。

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山が、割れていた。

思わずうおおお、と声が出た。

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山肌を巨大な斧で穿ったような荒々しい切り通し。写真ではどうにも伝わりにくいが、そんじょそこらでお目にかかれる規模ではない。のどかな林道に現れる突然の岩景にあっけにとられる。

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自転車と比べるとそのスケール感が伝わるだろうか。



峠のてっぺんでもなければこの先に道がつながっているわけでもない。谷に沿って続く林道の山肌が、ただ豪快に抉られているという不思議な光景。


地形図上でもしっかり等高線が左右で閉じており、ちょうど稜線のラインまで短く実線(軽車道)が伸びている。

かなり特殊な地形な気がするが、ネットで軽く調べてみても詳しいことはわからなかった。だれかご存知でしたら教えて下さい。

気を取り直して走り出すと今度は路面が消失した。

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幸い緩やかな谷だったので川床へ降りて迂回。高さがあったらここで終わってた。

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車が通行可能なダブルトラックへたどり着いた頃には、時刻は14時を回っていた。

 

保色山を周る林道へ

大又川沿いからほんの一瞬、国道の舗装の縁を踏んでそのまま次の未舗装林道へと突入し、このあたりでは最高峰となる保色山の周囲を回る林道へ進む。

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こちらは工事車両の通行もあり、かなり走りやすい。

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海から少し離れたからか気温もかなり低く感じる。氷点下ということはないが、氷柱が溶けずに残る程度には寒い。

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山肌に黒穴。トンネルを通したものの落盤。後に迂回路ができたようだ。

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いびつな光明が不穏な空気に拍車をかけている。

そういえば事前の地図読みではこの林道の半分くらいは舗装路なのではと思っていたが、いけどもいけども舗装はない。楽園か?

池ノ宿洞門

標高400mちょっとの大又川沿いから再び800m付近まで登り、また300mほど下ってなだらかな川沿いの林道を15kmほど走る。当然、全て未舗装。

ただ先程の矢ノ川峠とは違い、こぶし大程度の石しかないのでここぞとばかりにぶっ飛ばす。なので写真はない。

保色山を一周するような林道の、ちょうど最奥地点を折り返したあたりでこの日最長の隧道、池ノ宿洞門にたどり着いた。

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ここまで誰にも出会うことなく40km以上未舗装路を走り続け、カーブを曲がった先に現れる長大な隧道。大好物とはいえ流石に足がすくむ。

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池宿洞門。正式な名称はノが入るらしい。

完成は昭和13年。戦前林業の最盛期に材木を運搬する森林軌道用のトンネルとして使用されていたようだ。

入り口付近だけはかろうじてコンクリートで整形してあるが、一度中に足を踏み入れると…

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ご覧の通り。人力で掘り抜いたのだろうか、粗削りの壁面から伝わる暗闇の圧力たるや、坂でもないのに呼吸を乱されてしまう。

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だからといって早足で駆け抜けるのはもったいない。

こんな場所でしか摂取できない栄養、あるいは捨てられない不純物ってのがある。

自転車を押し、壁を触り、ときに叫んで反響を楽しみ、不意に振り向き、目をつむり、また叫び、ゆっくりゆっくり出口を目指す。暗闇の味、岩の音、土の匂い。ちょっと怖い。良い目眩がする。幸せだ。頭がしびれてきた。

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トンネルの西側に抜けると、いつのまにか陽の色が違う。

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影が長い。どう見ても斜陽。時計を見る。16時半。まじか。

日が暮れる

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西の山が光線を遮っていく。まずい。

とはいえ残りはもう一度標高800mまでググッと登ればあとら下り基調の10kmちょっと。このままハイペースで走り抜ければギリギリ真っ暗になる前に国道へ出れる。

気合を入れてペダルを踏み込み、最後の林道への分岐に舵を切る。それいk

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なんでや!!

これまで通ってきた作業林道から打って変わって、どう見ても車の往来は不可能な荒れ具合。入り口でこれ、奥はどうなってるか想像もつかない。あれ?これ詰んでない???

先の見えない荒れた道を10km進むか、今走ってきた砂利道を20km弱戻るか。どっちにしたって真っ暗闇の未舗装ライドはこの時点で確定している。

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こうなったらもう焦ったって仕方が無い。山肌をせり上がる影を眺めながら、最後のおにぎりをもぐもぐ。そして気づく、水も無い。これはいよいよダメかもわからんね。

ヘッドライトでもあればまだ迷う余地もあったが、紀伊半島の真っ暗闇の山奥を手持ちのVOLTひとつで自転車担いで10km押し担ぐのは酔狂が過ぎる。ここらが潮時だろう。

てなわけで、撤収!!

ナイトグラベル

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eTrexのディスプレイがダークモードに切り替わった。つまり、日が沈んだ。

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そしてはじまる折り返し20km弱のナイトグラベル。

たった今一戦交えた直後とはいえ、闇化粧でのお色直しで同じ女も二度抱ける。

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ちなみにさっきのトンネルももう一度通ることになるが、流石に今度は絶叫しながらノンストップで駆け抜けた。二発目は早い。

 

文明への帰還

そうして朝から60km近い未舗装走行を終えて、やっとのことで国道42号へと帰還した。

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自販機の眩しさに目が眩む。

コカコーラの赤いアレではなく、DyDoであるところに趣がある。わかるやつにはわかる。さらしぼ、お前も高くなったなぁ…

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舗装路に出てからは海まで一直線に下るだけ。そうか、今日は満月だったか。煌めく海が美しい。

あとがき

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結局この日走った距離はたった70kmそこら。そのうち約60kmが未舗装路だった。なんというポテンシャルの高さ。北海道にも引けを取らない。

さらに恐ろしいことに、本来計画していたコースでは、保色山を回ったあとにもうひとつ海辺までのグラベルらしき道を組み込んでいた。もしそこまで走り切れていれば、未舗装率はさらに上がっただろう。恐るべし、紀伊半島。

まだまだこのあたりには走ってみたいコースがたくさんある。必ずまた来よう。

おしまい

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