自転車で壁を登るサイクリングの記録

山岳サイクリング

あの、初めに言い訳させて欲しいんだけど、おれは何も好き好んで選りすぐって、訳のわからん道なき道を走ってる訳じゃないからな。

いい感じのグラベルを地図で探して(実際にこれはちゃんとあった)、ちょっとした観光要素と展望のいいとこも入れて(これもちゃんと満喫できた)、のんびり走ってちょうどいいくらいの距離でコースを考えた時に、そこしか道が無かったんだよ。


今回の場合はここだ。

見てみろよ、たったこれだけの距離だ。たったこれだけ担ぎ超えるだけで、退屈な舗装路を遠回りするより10km以上ショートカットできるんだぜ。そりゃあ行くだろうが。

距離にしてわずか1.5km。そりゃ確かに谷からとっつきの100mくらいは等高線が詰まってるけど、とはいえ道はついてるし、この程度の斜面なら今まで何度も越えてきた。

いやまあ前日22時過ぎに声かけて釣れたもとい来てくれたたつぽんには「グラベル」としか言ってなかった気がするけど、当日になって「担ぎあるよ」って言ったら「やくもさんとのサイクリングなんであるだろうなと思ってました」なんて嬉しいことを言ってくれる。


だから午前中にも軽めの担ぎを一本入れたら、谷筋には素敵なグラベルがあったりして、そりゃまあそれなりに険しかったけど楽しく山を越えたのさ。

だからこの日最後の峠も、ショートカットでサクッと越えて、山の向こうで温泉入って帰るつもりだったのよ。

それがよ。



最後の集落を越えた後、グラベルが始まったかと思いきや道が崩落。これくらいはいつものことなんだけど、実はこの時点ですごく嫌な予感がしてた。


道の崩落云々よりも、倒木の雰囲気や脇草のはみ出方、谷筋の狭さ、その全体が醸し出す雰囲気がどうにもよくない。とてもよくない匂いがする。数々の廃道を歩んできたものだけが身につけるある種の嗅覚ってやつだな。


でもじゃあ今ここからもっかい倒木越えて引き返して10km以上舗装路を遠回りするなんてまっぴらごめんだったし、山道に入りさえすれば直線距離はわずか1km。どれだけ多めに見積もっても40分もあれば向こう側に超えられる。そう信じて前に進んだんだよ。


いやまあな?今思えばよ?ぽとりと落ちてたあの平べったい髑髏なんかも何かの警告だったのかなって思わなくもないけど、


なにはともあれ破面(アランカル)ごっこ

帰刃(レクスタシオン)!十刃(エスパーダ)!!アーロニーロ・アルルエリ!!
昔ちょっと読んだだけなのに全部頭に残ってるブリーチのネームセンス、すごいよな。

なんておふざけで嫌な予感を振り払いながらいくつかの倒木を越えて廃道を進むと、問題の山越え地点へやってきた。

さてここまで来ればあとはちょいとひと尾根超えるだけ。なんだけど、手元の地図上で点線が続くはずの斜面を見上げる首の角度がおかしい。


どうせ写真じゃ伝わらないだろうが、この斜度は、なんというか本来「背景」であるべきものだ。谷筋を進むグラベルの横を流れる景色の一部としてなら、何らおかしなところはない。明るい豊かな広葉樹林だ。そんなモブの背景に、今進むべき道として焦点を合わせようとするから話がおかしくなってくる。誰がどう見たって「壁」だろうがこんなもん。

 

でも地図はまさにここが道だと言っている。そりゃ地図も時には嘘をつく、んなこた百も承知だけれど、道の巡りはどうあれど、目の前に聳えるこの尾根ひとつ越えた先にはゴールの温泉が待ち構えている。これは物理的に確かな、紛れもない事実なんだ。そう自分(とたつぽん)に言い聞かせて、壁に手をかける。今になって思えば、遭難者のお手本みたいな思考回路だよな。

 

そこが道である可能性を信じて踏み跡らしきところからアプローチをかけたが、数歩も進まないうちにそれが単に土の流れたあとでしかなかったことを悟る。自転車を肩に担ぎ、もはや腰を屈めずとも触れられる地面に手をかけ、断崖を渡るヤギのように壁を斜めに横切っていくが、これといった道がない以上どこを進むかは各々の判断だ。空元気で先陣を切ったのもつかの間、気づけばたつぽんは少し離れた別のルートで身軽にスイスイと登っていく。


こっちからみたあっち。


あっちからみたこっち。

 

路面…失礼「路」はねえな、斜面の土を見て欲しい。黒く柔らかな、よく肥えた腐葉土、こいつが何より厄介だ。土が脆すぎて、自転車を担いだ自分の体重を受け止めきれず、じっとしてるだけでもズルズルと滑り落ちてしまう。多少は歩きやすくなったかと、たつぽんの通った跡をトレースしようと試みたが、踏めども踏めども土が崩れて全く上へと進めない。

それもそのはず、カーボングラベルを担いだ身軽なたつぽんと鉄のMTBを担いだ鈍重な自分とでは実に25kg近い重量差があるのだ。25kgといえば小2のこども一人ぶんくらいか、そりゃどうにもならん。


にっちもさっちもいかず疲労困憊し、斜面の途中で一息ついていると、徐々に足元の土が崩れだした。次の一歩を…次の一歩を出さねば…と思うが身体が動かず、そのままズズ…ッ…とゆっくり滑り落ちていく。あれ、このまま加速したら谷底まで…??し…??と世界がスローになりかけたその時、不意に身体が止まった。


冷や汗を拭いながら落ち着いて状況を振り返ると、2mほど滑り落ちたところで長さ800mmあるRitchey Kyoteのクソ長ハンドルバーが斜面にぶっ刺さったようだ。


土の柔らかさが幸いして、鉄のハンドルバーなら難なく抉れるらしい。なるほど、これだ!!

これまで斜面と反対の肩に担いでいた自転車は単なる重荷でしかなかったが、見方を変えればこいつは重さ13kgの凹凸の豊富な鉄の塊。つまり、ちょっとデカめのピッケルだ。なんだよもっと早く気付けばよかった。

 

そうと決まれば話は早い。車体を斜面に横たえて、フォークとシートチューブを掴んで持ち上げ、足場が崩れる前に少し上の斜面へと全力で叩きつける!

ハンドルバーとペダルが土に埋まり、ゴムのタイヤも地面を噛んで、ガッチリと斜面にへばりついた。体重を預け、真上に一歩上り、その足場が崩れる前に、車体を持ち上げ、また斜面へと叩きつける!!

全力で叩きつけてもびくともしない鉄フレームのなんと頼もしいことか。一刺し50cm、わずかでも確実に標高を上げて上へ上へと進む。

ちゃんと体重を預けられるのなら、斜行して距離を伸ばす必要もない。とにかく上へ、最短最速で上へ。さもなくばおれの上腕か背筋か大腿か、どこかが早晩売り切れる。

一歩で50cm、一歩で50cm。念仏のように唱えながら、無心で愛車を土壁に叩きつける。

無限に続くかと思われた苦行もしかし、あと十数mも登れば広葉樹林が終わり杉林が見えるところまで来た。杉ということは、植林だ。植林ということは、人が植えたってことで、畢竟それは人が立てる斜面であることを意味している。

早々に突破したたつぽんに励まされながら、一歩、また一歩と這い上がり、ついに杉の植林地帯へとたどり着いた。

絶叫、のち、攣って、絶叫。

虎口を脱して安心したのか、脚のあっちこっちががねじくり帰ってまともに立ち上がれない。ひどい有様だ。


今登ってきた斜面を振り返る。もう笑うしかない。

結局直線距離で100mにも満たないこの斜面を登るだけで丸々1時間かかってしまった。

気がつけばサングラスが消えていた。おそらくこの斜面のどこかに落としてきたようだが、取りに帰る気力はどこにも無かった。もったいないが、ここを次登る誰かにくれてやる。さがせ!SWANS のE-NOX EIGHTをそこに置いてきた!


最難関の急登を終え、緩やかになった山道を担いで鞍部を越える。達成感はさっきの斜面で味わい尽くしたので、今はとにかく山を下って温泉で一汗流したい。

あとは向こうの谷へ下って、ウイニングランと行こうじゃないk


あのさあ!!!


おまえほんまええかげんにせえよ!!!!


くそが!!!!!



こうして40分もあれば突破できるだろうと臨んだ峠にたっぷり2時間半かけて、雨雲と日暮れの迫る舗装路へと復帰した。

 

いやあ、ほんと、まいった。

多少の担ぎはアクセントとは言え、流石に今回の峠越えはあまりにひどすぎた。優しいたつぽんだったから文句も言わずについてきてくれたけど、誰とは言わんがモリビトが来れてたらたぶん向こう一年は口聞いてくれなかったと思う。それくらい酷かった。

たつぽん、ほんとにありがとう。まじでごめん。

 

 

以下、最後の峠に上書きされてほとんど記憶から消えてしまった今回のライドのライトサイドをダイジェストでお届けします。お口直しにどうぞ。


序盤は20kmくらいの素敵なグラベルだったんだぜ。


青空の下での濃厚な絡みも鑑賞できたし


立派な藤だって見れた。


舞鶴を望む展望台からの眺めは素晴らしく、


雰囲気抜群の隧道や


海自の誇る巡視船


美味しいカレーも食ったんだ。

 

だのに記憶に残っているのは、無限に続く壁斜面。


おかしいなあ、おかしいなあ。

 

たのしかったなあ。





おしまい

コメント

タイトルとURLをコピーしました